wafuupizzaのブログ

某地方の農業系大学に入学した、東京のシティボーイが書いてます。

大晦日と元日の過ごし方

 お正月らしさはなんであろう。
 


 僕の例年のお正月の過ごし方は、小学校時代の友人と大晦日の朝からお正月のお昼くらいまで初詣や初日の出をする。その後、おばあちゃんの家を行くと言うものだった。
 別に、神を信じているわけじゃない。げん担ぎのような、毎年の定番のようなお祭り気分を味わいたいだけだ。
 今年も友人と会い、大阪まで遠出することにした。
初詣は、大阪天満宮ですることにした。
f:id:wafuupizza:20200102222703j:plain 天満駅から、15分ほど商店街のアーケードをのんびりと歩く。飯屋はわりかし開いていて、屋台があり、手相占いもいて、酔っ払いと地元の派手目な人たちが遊んでいる。この、雰囲気は嫌いではない。年明けへの、儚い期待を抱く。雰囲気とともに気持ちも高揚していく。
 天満宮の近くになると、参拝順路の看板があり、とてつもない人が並んでいる。神社は、見える事はない。
 我々は、この行列のなかで、新年を迎えることになる。
 誰かがカウントダウンを始めた。隣では、友人もカウントダウンで声を出している。カウントダウンがゼロになり、僕は友人とはしゃぐ。新年の挨拶をする。何が変わるわけでもない。でも、この、365日を思い返すことくらいはできる。いや、大した事は覚えていないか。昔のことを思い出す機会はなかなかない。

 初詣ができたのは、12時を30分以上すぎたところだったがそんな事は、どうでもいい。これは、行事なのだ。

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大阪天満宮
 
 屋台を見ながら、来たみちをゆっくりと歩く。
 初日の出まで時間はある。
 僕たちは、大阪環状線の中で、2時間と少し眠りについた。寒いし首は痛い。起きる気はない。眠気には勝負を挑む気はさらさらない。
 
 初日の出がありがたいものなんて別に思っていない。
 日の出を見に朝から何処かへ出向くなんて元旦しかない。非日常を友人と楽しみたいだけだ。
 俺は眠いから友達に初日の出を見る場所を調べるのを任せた。いつも行き当たりばったりだ。問題はない。
 それで、京都タワーの上で見ることになった。初日の出まで時間があるわけではない。さっきまでよりは、空が白み始めているのはわかる。
 早歩きで、駅前の京都タワーの麓へ向かった。またもや、行列に並ぶ羽目になった。僕たちは、日の出の五分前までここに並ぶことにした。その時になってもまだ、行列の中にいたら、街中で日の出を見ることにした。
 
 行列は一向に動かなかった。仕方がないので、慌てて京都市内を明るい方へと進んだ。意外にも、京都の町はビルが多く太陽が見えない。それで、僕たちは、マンションに登って見ることにした。登ったマンションは案外高く山から、太陽が出ようとしているのが見えた。でも、太陽には、雲がかかっていた。太陽の光は、十分と感じている。ただ、姿は見る事はできなかった。誰か作家かなんかが言っていた、年が明けてから、初めて見る日の出が初日の出だと。
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太陽は、その姿を見せようとは頑なにしない。
 それでも、僕たちは、もう満足をしていた。
 早く電車に座りたい気分だった。晴々しい気持ちと興奮状態ではあったが、決して万全の体調ではなかった。
 僕らは、来る時に乗った電車を青春18切符を片手に乗り込んだ。
 それから、僕らは、しばらく何も喋らずに交互に眠った。
 東京に着いたのは、夕方の5時頃だった。その日は、まだ何も食べていなかった。だから、えきで、蕎麦屋には入りかき揚げ蕎麦と鴨南そばをそれぞれ食べ別れることにした。
 次会うのはいつかわからないが、会う約束だけはした。僕には、それで十分だった。